2004年10月29日(金)
彼らの労をねぎらわずしてどうするか?
要請があれば、世界のどこでも駆けつける。そして生存者を救出する。プロフェッショナルである。しかし彼らのコメントや表情をみてプロの中にも「人間」を感じた。
作業の場所は傾斜が30度。TVではわからない。スキーを経験している方は30度という角度がわかるはずだ。それはスキーゲレンデで言えば上級者ゲレンデ。上から見れば、ほぼ直角に落ちていく。震度が強い余震が続く中の作業。立っているのも困難な場所である。いつ巨大な岩石が落ちてくるかわからない。彼らにも妻、子供がいる。それよりも救出を願い行動する。日本中が彼らに注目をしていた。日本中のプレッシャーを彼らは背中に受けていた。TV画面で見ていた彼らの家族の方々にも敬意を払わねばならない。画面が余震で揺れるたびに見ていられなかったであろう。隊長は淡々と話しながらも泣いていた。女の子だけが車に残っていた。推測であるが、もう息がないのはわかっていたであろう。しかし1パーセントでもという可能性という中、彼らは夜を徹して作業を続けた。彼らが制止を聞かず志願したそうである。それよりも思いは一つであろう。「出してあげたい。」一人だけこんな場所においておけない。家に帰してあげたい。この思いだけが男達を動かした。彼らの最大限のモチベーションは優太君の生存であっただろう。抱き上げた感触が彼らの作業を後押しした。無念の思いで現場を引き上げたであろう。誰も現場を去る男達を非難することはないであろう。彼らは眠い目をこすり、限界と戦い作業を続けた。
「優太君、しっかり強く生きて欲しい。」君には誰も持ちえていない強運がある。彼を生かしたのは、母の思いに違いない。母が彼をはげまし続けたに違いない。彼が母の死をどうやって理解できるだろうか。「優太君、お母さんはおねえちゃんが一人じゃ寂しいから、一緒にいるんだ。」神は最後に4人が誰も寂しがらないようにした。君には父がいる。そして日本中の皆が、君を応援している。
レスキュー隊は、真のヒーローであった。それは大リーグで活躍する選手より、ワールドカップのストライカーよりも。
ご苦労様でございました。
山村幸広
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2004年10月26日(火)
被災地の皆様のお気持ち、ご苦労を考えると、何ができるのかと考える。エキサイトの社員の中にも新潟出身者がおり、現在も親と連絡がとれない社員もいる。外の雨を眺めると新潟の雨を心配する。
どうしても神戸の震災を思い出してしまう。午前6時前の暗い、寒い月曜日であった。私は関西にいた。あの時、前会社では200名以上の社員が被災した。1週間は安否確認だけが仕事であった。たまたま広島から神戸に出張していた社員が、神戸の半壊したホテルで不安な日々を過ごし、数日後に救助された。その後の1週間は被災社員家族への食料の配達、そして会社の寮への移住に費やされた。最近、すべての企業から「寮」という存在がお荷物になり、減らされている。
燃え上がる炎が今も頭を離れない。火の中の親を助けようとした息子が、「お前だけ逃げるんや。」と言われて叫びながら逃げた。このような悲惨な話がたくさん残っている。
新潟は日本の宝である。人のやさしさ、美しい山、海と美味い米に酒。全て元に戻って頂きたい。
このような場合、ネットって何の役にたっているのかと思う。はっきりいってたいした役にたっていない。被災時に活躍するのは常にラジオである。神戸の時は携帯電話が非常に役立った。今回は携帯メールが役立っているそうである。
エキサイトで何ができるのであろう。小さい事だろうができる事をやりたい。
山村幸広
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2004年10月22日(金)

東京の中華レストランの中でも、完璧な上湯スープで客をもてなし、「冷やし坦々麺」「豚バラ肉の角煮」などのヒットを次々と生んでいる、龍天門の陳シェフが特別にディナーを催すという事で、これはなんとしても行かねばならぬと行ってきた。基本のコンセプトは、絶対に世に出ることがないという、甕出しの25年物の紹興酒を頂きながら、それを使った料理を渾身こめてご提供頂けるという催しである。この紹興酒は門外不出だそうで、運ばれた貿易会社の社長さんがご挨拶をされたほどである。この日のメニューは写真を参考にして頂きたい。
まずはこの紹興酒であるが、熟成されたコクのある酒を想像していたが全く想像外であった。なんとすっきりとした事か。非常にシャープな味であった。しかし喉越しの後に来る深い広がりの味わいは今まで味わった事のない逸品であった。甕の上部、中部、底の部分と3回に分けて注いで頂いた。味わいの変化がわかる。個人的には中部の酒が美味かった。
そしてメニューを見ただけで、「凄い」と叫びたくなる料理が始まった。この日のメインはやはり、「最高級四大乾物の上湯スープ醤油煮込み」であろう。陳シェフの説明によると、素材を求めて香港まで行かれたそうである。「あわび」「なまこ」「ふかひれ」「魚の浮き袋」の乾物である。これが一皿に出てくるなんて、こんな贅沢が許されて良いのであろうか? 多分、一生に一度の経験となるであろう。あわびは24等という25グラム程度のサイズであるが、日本の吉原産である。このサイズをもどすと丁度100グラムぐらいになり、一番美味しいそうである。香港では「成功した者だけが食べられる。」という象徴的な食材だそうである。陳シェフ曰く「ナイフで切らずに、箸でガブリといってください。」その通りに食べてみる。これがやっぱり、当たり前に美味い。オイシイ。なまこはインドネシア産で、もどすのに1週間から10日かかるそうである。そしてフカヒレは日本の気仙沼産の青鮫のもの。青鮫のものは身が厚く、繊維が太い。これが完璧に仕上がっていて、小生が食べたフカヒレの中で一番美味しかった事をご報告させて頂く。そして浮き袋は大変な貴重品であるがこれは中国ではよく使われる。ハタのものなどが有名であるが、最近はもっと大きなものが使われるそうである。そして煮込んだ、上湯スープがあっさりとしてコクがあり、本当に、本当に芸術的な美味さである。スッキリとしてクリアなスープである。前回のブログでも述べたが、やはりこちらはこの上湯スープが完璧な為、何を食べても美味しいのである。鶏は年老いた鶏が、味がいいそうである。それに金華ハム。4時間かけて煮込んで、更に鶏と金華ハムで3時間、合計7時間かけて、陳シェフ渾身の「一番スープ」が出来上がる。ツバメの巣は、写真でお判りになるだろうか? 色が赤いツバメの巣である。これは血ツバメといって、誠に貴重で最高の味の、ツバメの巣であるそうだ。これがマッドクラブの身の上におしげもなくのせられ、うにとマッドクラブの子と一緒に上湯で煮込まれている。なんともいえない。もう紹興酒を飲んでいる場合ではない。この幸せを東京で味わえるとは。そしてTVでも紹介された大人気の豚ばら肉の角煮。付け合わせのクコの実が入ったパン(肉まん等の皮)と一緒に食べる。非常にあっさりと、素材と上湯スープで続いた料理がここにきてアクセントとなったが、
「本当に今日のお料理は素材が勝負で、中華料理といっていいのか、迷いますよね?」
「本当は豚ばらはコースに入れなくてもよかったんです。ちょっと逃げてしまいました。」
天才もここまで追及すると不安になる事もあるのであろうか?
そして最後の上湯スープを自ら頂上スープと表現したスープと白髭ねぎだけでしあげたつゆそば。もう幸せの極みである。味を味わっているうちに紹興酒がワインの役割をしている事に気がついた、確かにこの紹興酒は料理にあう。そしてデザートはもう泳いでいそうな金魚の型をしたマンゴープリン。
素晴らしかった。満足すぎる。陳シェフに言った。
「年に一度はやってください。」
「いや10年に一度だからここまで追求できた。1年に1回は無理です。」料理に人柄がでるというが本当に人格も素晴らしい方である。「決していばらない。えらそうにいわない。」そして完璧を常に追求する。もちろん給仕の従業員のサービスも相変わらず素晴らしい。
天才料理人が10年に1回だからこそできたと言い切った素晴らしいコース料理。紹興酒ももちろん素晴らしかったが、そのフックがなくても値打ちがあるディナーであった。これを食べることができた事を本当に、神に感謝する。
恐るべし、陳啓明。
PS あいやーー、やっぱり酔っ払ってたんだよねえ。後半の写真はほとんどピンボケで
やんす。あいすいやせん。しろうと故、お許しを。
山村幸広
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「龍天門」 冷やし坦々麺 3月5日
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2004年10月20日(水)

パンについて考えて、一番先に思いつくのは何といっても、小学校の給食である。京都の公立小学校に通っていた時、毎日食べたのがいわゆる食パンである。最近の給食はご飯なんぞ出るそうであるが、小生の頃は毎日、パンである。給食といえば最悪の思い出しか浮かんでこない。チーズ、牛乳、バターが嫌いな人間としては当然であろう。牛乳は毎日である。バターはたまに、ジャムやピーナッツバターとしてでてくるのでこの時はまだ良い。チーズはなぜか週に数回、ついてくる。今から考えても不遇な時代であった。嬉しい日といえば、おかずがカレーシチューか焼きそばの日である。パンをカレーにつけて食べるか、もしくは焼きそばを挟んで食べる。これだと美味しく食べられる。牛乳は全く飲めないので、水を飲むしかなかった。最近、参考にしている自然派の方で、特に小生が自分の健康書として他にないと思っている、アンドリュー・ワイル博士にしても、「牛乳は、牛の為のものであって人間の為の飲み物ではない。牛乳を人間は取る必要がない。」と言っている。これには異論のある方もたくさんいらっしゃるであろうが、選択するのは個人の自由である。好きな方は飲めばよい。
よってパンには基本的にあまり良いイメージがなかったが段々変ってきた。しかし朝食で和洋選べるのであれば、ほとんど高い確率で和食を選んでしまうし、家でもあまりパンにジャムを塗って食べることはない。フレンチへいってもほとんど、パンには手をつけない。よって、たまに食べるゆえに美味しいパンを食べたい。
我が家ではパンを買うときの絶対条件がある。まずは自然酵母。イースト菌のものは買わない。そして全粒粉。この基本を守っておくとたいてい美味しいパンにありつく事ができる。そして小生は大体、バターを塗って食べるような食べ方をしない。なにかを挟んでサンドイッチ風にして食べる。洋食のセットであれば、付け合せの卵やベーコンをパンに挟んで食べる。下品かもしれないがかまわない。どうせなら美味しく食べたいし、バターを塗って食べるんなら食べないほうが良い。スイートなデニッシュならひとつぐらいデザートがわりに食べる。
最近のお気に入りのパン屋は家の近所、白金高輪の「カイザー」。あの洞爺湖ウインザーホテルもカイザー監修のパン屋であるが、滞在中はお世話になった。こちらのパンは全て自然酵母。ハードなパンもデニッシュもとても美味しい。味が深く、歯ざわりが良い。こちらのクロワッワンはとても有名で、ほとんどの方がクロワッサンを買って帰る。濃厚なバターの味が深く、しっとりとしながらもパリっと食べられる、とても不思議なクロワッサンである。小生のお気に入りは「グリルチキンのサンドイッチ」。鶏の臭みがなく、味わいがパンとすばらしくマッチしている。
あーーー、なんだかパンが食べたくなってきた。不思議な事に、年を重ねるごとにパンが好きになってきたようである。というかパンもご飯も美味いものは美味いと言うことであろうが。でもどっちかと聞かれればご飯です。はい。
皆様はどっち?
山村幸広
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2004年10月15日(金)
久しぶりに「京味」さんで食事を頂いた。色々な意味で最高級である。最初に出てくる暖かい小さなお椀。そして小さな飯。その後にとてもシンプルな八寸と続く、いつもどうりの安心した流れ。お腹を落ち着かせてからゆっくりと料理を味わうことができる。又従業員のきびきびした動きが心地よい。人数が多い故であるが、料理のテンポがとても良い。小生は食べるのが早いので他の和食屋では待つ事が多いがここではそれはない。かなり品目は多いが大体、90分ほどで最後までいける。
この日の料理も素晴らしい味付けである。鱧(はも)も、もちろん良い時期とはいえ、完璧な骨ぎりと火加減である。いつも王道のシンプルな料理が続くが完璧な味付け故、はずす事がない。決して、今の料理屋に多い、奇をてらった事はしない。美味しいからできる業である。この日は名物のご主人はいなかったが味になんの変わりもない。美味しいものがでてくるであろうという完全な安心感の元、料理を待つのはとても愉しい。コース料理で全品が満足できるものを出す店は、実は少ない。
以前にもご紹介したが、東京風、京料理である。ご主人が東京で長年やってこられている。東京人の為の、東京の味付けの京料理なのである。ご主人の父上も大変有名な料理人であったそうである。最初はご苦労もあったようであるが今や東京を代表するお店である。京都に行ってもこれぐらい美味しい店はほとんどない。京都人の小生が保証しよう。少し話は脱線するがこちらのご主人がイチオシの京都の和食屋は「あじはな」さんと言う。京都は南座裏の小さなお店である。しかし野菜の煮物、お椀等、とてもシンプルであるが最高に旨かった。日曜日もやっているのが嬉しい。しかしこちらは本当にシンプルな京料理。派手な京料理をイメージされている方はいかない方がよい。味だけを追求する方にはお勧めする。
こちらの愉しみは何と言っても、最後のシメの鮭はらすごはん。あの有名な、「ますのすけ」を使われている。ますのすけはキングサーモンの一種であるので厳密には「鮭」ではない。北海道の鮭も旨い。しかしキングサーモンにはかなわない。それはアラスカでも、ノルウエーあたりの北欧であがるキングサーモンであってもだ。キングサーモンの本当の旨さに鮭はかなわないのである。
このますのすけをじっくり焼き上げて、身をほぐしご飯にたっぷりとかけてある。そして皮を焼いて、それを細かく刻んでまぜて出てくる。あれだけ食べた後なのに、何杯でも食べたくなる美味しさである。鮭は身より皮が旨い。キングサーモンは皮も身も最高なのである。
この日も、「松茸ごはんと鮭はらすごはんがありますが、どちらにしますか?」と聞かれた。もちろん「松茸ごはん」も美味しいであろう。でもここではあの鮭はらすごはんを食べなければシメられない。究極の選択であるが、「鮭はらす」を選んだ。そしていっきにかきこむ。旨いーーーーー。なくなった頃に声がかかる。
「おかわりをどうぞ。」
「すいません。お願いします。」
3杯は食べれるが、今日は2杯で遠慮しておこう。一度、これだけを食べにきて、食べて帰りたいもんである。
そして最後に目の前で作られる、「葛きり」。作りたての旨さが引き立つ。そして蜜の甘さの押さえ加減がとても旨い。
このお店を知っているという事は自分にとっていかに財産であるか。素晴らしい。旨い店は決していばらない、気取らない。美味いもんだけをだまって食わす。
「京味」は、間違いなく日本を代表する名店である。日本の財産である。
山村幸広
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2004年10月12日(火)

東京の粋な食べ物というか歴史的にも名物といえばこの「どぜう」。もちろん有名などぜう屋と言えば浅草は駒形どぜうであろう。義父は、日本橋は浜町で生まれ育った生粋の江戸っ子である。下町の色々な美味しい食べ物屋を連れて行ってくれる。浅草にもよく行くが、どぜうはこちらの深川どぜうの方がお気に入りのようである。
これほど京都出身の小生からかけ離れた食材はない。もちろん東京に出てくるまで食べたことはない。しかし食いしん坊であるが故、興味深い食べ物である。昔は貴重なたんぱく源であったであろう。
どぜう鍋は、「丸」か「裂き」。要するに丸ごとでてくるのが「丸」。骨を取り除いて食べやすくでてくるのが「裂き」である。お店では「骨抜き」と表示されている。通は「丸」らしい。小生はどちらも食べた事があるが、やはり「裂き」の方が食べやすいように思う。
鍋にたっぷりとねぎを入れて、割り下で煮込む。ねぎがなくなればおかわりをする。そして生卵につけて食する。これが中々旨いもんである。ごはんにとてもあうので、ご飯を食べ過ぎてしまう。(炊き立てのご飯がとっても美味しい。)駒形よりこちらの方が割り下が甘くないように感じた。昔は庶民の食べ物であったが、現在は中々しっかりしたお値段である。
こちら名店の伊せ喜さんはお客さんが絶えない。常時、客が待っている。若いブルーの制服をきたウエイトレスさんがたくさんいらっしゃる。まるで昔の喫茶店のようなイメージである。なんでも昔、こちらのお店で働けば、嫁入りの際にご主人が嫁入り道具を用意してくれるという事で人気の職場であったらしい。もしかして今もその慣わしが続いているもかも知れない。厳しい時代であっただろうし、とても心温まる慣わしである。
酒はもちろん「菊正宗」の常温。昔、日本橋浜町で料亭を営んでいたという義父によると、下町の旨い店、高級店は必ず、「菊正宗」であるそうだ。昔はこれをだせば皆、納得したという。確かにこの酒は、飲み飽きない。旨い酒である。スッキリした酒が流行の今に一石を投じるような酒である。義父の家に行くときは車では行かない。車で行くと悲しそうな顔をするし、会えば挨拶と同じタイミングで聞かれる。
「今日は、車できたのかい?」
「いいえ、飲みたいので電車できました。」
「いいねえ。」「おーーい、お酒頂戴。」
お江戸の真ん中で、酒を飲みながら昔の下町話に花が咲く。
いつまでも、長生きして元気でいてください。
山村幸広
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2004年10月6日(水)

その店は銀座六丁目にある。カウンター8席の小さな店である。席数で言えば、あの京都の伝説の店、上七軒「ゆたか」を彷彿させる。河村太郎が名店、京都「ゆたか」の東京店料理長の座をすてて、この店を開店させてまだ日は浅い。京都「ゆたか」については以前、このブログでも紹介しているのでそちらを参照していただきたい。
彼の肉料理を食べるたびに、赤坂にあった最高級ステーキ店の「オリンピック」を思い出す。彼は最高級の牛肉だけを仕入れる。そして最高の状態まで寝かせた後、一番よい状態で客に提供する。今、日本で最も旨い肉の店はどこかと聞かれれば間違いなくこちらをお勧めする。彼は肉を最高の状態で提供する肉の魔術師である。
彼は牛肉を炭で焼き、白いお皿で提供する。そして絶対にソースを上からかけない。これは彼のポリシーであり理由がある。彼が一番、許せないのは焼いた肉の血が、たとえレアーであっても、切ったときに皿に滲まない事である。それを証明する為に、皿にソースはかけないのである。
そしてこの店も「ゆたか」同様、すべての料理が完璧である。前菜、サラダ、デザート。何をとっても文句のつけようがない。サラダに二切れほど入っていたレンコンがあまりにもおいしいので聞いてみた。した茹でした後、油で軽く炒めて、わからないくらいに醤油で味付けしてあるそうである。このサラダの二切れのレンコンにここまで手間をかける料理人の姿を伺えば、料理を疑うことはできないであろう。素材が完璧でこの手間である。
これ以上は無いであろう。
本日の肉は宮崎産。写真はいわゆる牛の血統書である登記書。鼻もんという、牛の鼻の紋と血統で確認するのである。父母、祖父祖母、生産者まですべて記載されている。正に血統書付の牛である。たまたまご一緒した方が、宮崎出身者の方であったが、「宮崎にこんな肉があったのか」とたいそう驚いておられた。河村氏いわく、「牛はもう産地は関係ない。育て方はもうみんなわかっている。問題は血統である。」
肉はロースが旨い。しかし完璧な肉はヒレも最高に旨い。いわゆる中トロである。そしてヒレは焼く人によって味が大きく変わる。もし河村氏がヒレを薦めてきた夜は完璧な肉である。
もちろん予約の取りにくいお店である。しかしこうゆう料理人と話をするのはこちらも気持ちがよくなってくる。けしていばらない。でしゃばらない。自慢しない。やっていることだけ正確に語る。肉の最高品を仕入れ、完璧な状態で提供する。日本で最高の肉のプロデユーサーである。
渋谷「小笹」の佐々木茂樹を彷彿させる。年も近い。肉の河村、魚の佐々木である。
本日のワインは上記の2本。河村氏のセレクトである。
山村幸広
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2004年10月1日(金)
一番旨い魚とはなにか? 例えば今であれば、1匹100円の秋刀魚は美味しい。魚の値段は基本的には、それが確保できる数と市場ニーズで成り立っている。簡単にいえばたくさん取れるものが安くて、数が少ないものが高いのである。よってまずいから安い、旨いから高いというレストランのような値段決定ではないのである。もし秋刀魚も例えば、ほしがれいのように貴重な魚であればそれは重宝されたであろう。
しかしその中でもどの魚が一番かといえば、やはり鯛であろう。そして鯛といえば明石の鯛である。日本一の魚は全て東京に集まる。それは何故かといえば東京が一番、高く売れるからである。金沢であがった「ぶり」は一度、築地に入って値段が決まって、再び金沢に帰る。おかしな話といえば、おかしな話である。しかし鯛だけは築地にこない。最高級の明石の鯛は京都、大阪の料亭や鮨屋にいく。
鯛が魚の王様といえば、東京の普通クラスの鮨屋から、「魚の王様は、マグロ。」という声が聞こえてきそうだ。又、関東の方々でも、「なぜ鯛なの。味がさっぱりしすぎている。」とも聞こえてきそうである。
しかし、特に小生の様な関西の出身者や、高級日本料理店にとって、魚の王様はやはり鯛である。東京の鮨屋は、マグロは良いものを仕入れようとする。しかし関西では良い白身魚を1本もっておこうとする。これは客の好みでもある。東京のお客は鯛では喜ばない人が多い。それはやはり明石の鯛がないという事もあると思う。確かに冬場に青森沖であがる鯛も素晴らしい。しかし明石にはかなわない。あの激流でもまれた旨さは明石しかない。この海は鯛だけでなく、コリコリっと歯応えの良い蛸や、東京湾にも負けないアナゴをはぐくむ。
小生も鮨のマグロは何度もブログで述べているが大好きである。大間のマグロでできる、中トロ、赤み、づけ。最高である。しかしマグロは生で食うしかない。マグロは生以外に美味しい食べ方がないのである。大トロを少しあぶって食べたりするが、中トロにはかなわない。カマ焼きと言っても豪快であるがそれほど美味しいものではない。よってマグロは鮨屋のものなのである。マグロは鮨屋に限るのである。
鯛はどうか? 鯛のサシミ、鮨も最高である。醤油だけでなく塩で食べても旨い。焼いても旨い。そして煮ても旨い。身の焼いたもの、煮たもの。カマの焼き、煮物。最高である。鯛の骨でダシを取る。最高のお椀ができあがる。塩をたくさん振っても塩辛くならない。油が上品でねちっこくない。素晴らしい。どんな食べ方も旨いのは鯛である。鯛の鍋。鯛のきも。鯛の子。鯛めし。鯛茶づけ。鯛の押し寿司。うーーん、まさに王様なのである。
よく桜鯛といって春の鯛が季節といわれている。しかしこれは間違っている。業者にとっておいしい季節である。鯛が旨いのはこれからである。冬の寒い時期が一番旨いのである。これからは明石も青森も最高の鯛があがる。
皆様のお好みの食べ方はいかに?
山村幸広
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